生きるってことについて考えてみた

緊急事態宣言下、経済を回さないといけないといいつつ、密になるな、不要な外出をするなと、薄利営業をつづけろと言わんばかりの政策に不満だらけの、飲食でも観光でもないサービス業で働くぐりんです。

グリンの本音
グリンの本音

お家にこもってたい

仕事したくない

「コロナ渦」でいろいろと考えさせられことも多くなりましたね。

「自殺が増えている」なんていうニュースもありましたが…

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「自殺」について思うこと

「自殺」と聞くと「なんで?」と、まず理由を知りたいと思ってしまうのはないかと思います。

身近な人を「自殺」で失った経験がある人のことを考えると、「どうして?」という言葉が責められているように感じてしまうんじゃないかと、余計に苦しめてしまうんじゃないかと、軽々しいことは言えなくなってしまいますが…

死んでしまいたくなるほど辛いことからは逃げ出していいんだよって思うんですが、生活だったり、将来のことだったり、世間の目だったりで、逃げ出すことが出来ないと思ってしまうのもわかる気がするんですよね。

生きているのが辛いんだ、死んだ方が楽なんだって思ってしまっている人に、生きてって言っていいのかどうか…

いえ、自殺を推奨しているわけではないですけどね。

お子さんが生まれたばかりの女優さんの自殺が報じられていましたが、「子供を残してなぜ?」っていう疑問には「母親は子供ために生きるべきなのか?」という疑問も…

ご家族のことを思うとホント軽々しいことは言えませんが。

仕事も順調に見え、容姿にも家族にも恵まれているように思える方の死。

私が今、自殺したとしたら、「独り身で病気も抱えて…」なんて言われてしまうんでしょうね。

そこには「死んでも仕方ない」というニュアンスが含まれていそうで嫌だな。

何のために生きるの?

私がいま生きているのは、年老いた母を一人残すわけにはいかないってこともあるけど、「いますぐ死にたいとは思わない」というだけかもしれません。

病気が悪化して一年後には生きていないかもしれない。

だから、まぁいま死ななくてもいいのかなって。

いや、明日は大丈夫だろうけど、一週間後には死にたいと思ってるかもしれない。

ただ、たぶんわたしが自ら命を絶つとしたら、ものすごく発作的で、死んだあとで後悔してるような気がする。

死ねないなら生きるかな

もしかしたら、一年後には死んでるかも?と思ったとき、いまのままでは死ねないなって。

一番に思ったのが、わたしが死んだら、このモノだらけの家、どうなるの?ってこと。

先のことなど考えられなくなってしまったと同時に、しなきゃいけないことが出てきてしまったという感じ。

生きがいを見つけたってわけでもないし、強いていうなら終活なんでしょうかね。

生きがいがあるわけじゃないし、誰かのために生きるわけでもないけど、なにかやることがあれば、それが生きてるってことなのかな。

ということで、なんの着地点もないお話でした。

「生きるとは死んでないということ」なり?

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